お面の裏の花

第五回



紫陽花が重いあたまをもたげて咲いている。
その沈黙のなかに、咲く色と枯れる色が同居して、ゆっくりと、季節がいれかわってゆく。



わたしもあなたも、いれかわってゆく、花や季節のよう。



つつじの葉に触れると、裏側がぺたりと肌にくっついた。花は枯れて、派手な赤も、しっとりした白も、行方しらず。もう、ほかの植物の旺盛の影にいる。



それか、ここは、季節とともに移りゆく、だれかの内面のなかなのかもしれない。



それは、おおきな。おおきな。




おおきな鳥が、飛び去った。
低空飛行で、川面を通ってゆく。




わたしは、道のまんなかで、手紙をしたため、封を閉じ、あなたに手渡す。そこには、なにも、かかれていない。でも、おなじようにあなたから、白紙の手紙を受け取れたら、そこにはわたしとあなたのことばがかかれるんじゃないかな。




かつてみた、とってもおおきなごきぶりは、さつまごきぶりといったっけ。まったく動かなかったけれど、よくよくみると、いきていた。 あんなふうに、しばらく動かず、ひとつのばしょにいたら、どんなふうにおもうのだろう。


じかんがすぎてゆくのに、みをまかせてみたい。
わたしは、すこし、動きすぎている。



降ったり降らなかったりの雨のなか、梅干しは干されるのを待っている。
晴れの日がつづく空を、待っている。









わたしを固くするわたしのことばと、あなたのことばに身を寄せられなかったわたしのことばとが、おなじ雨になって、降りそそぎ、やまない。


それに濡らされ、冷えないように。わたしもあなたも、やわらかい内面に、ともに逃げこむ。あなたのすきなことや、すきなたべもの、すきなじかんがあたたかな屋根になっている家。



鳥の柄のカーテンや、お皿や、やかんは、待っていてくれた。



わたしは、そこでお茶を淹れる。遠い、海の街の、山のお茶。口から安心を入れて、心と体を、一度、ひとつのできごとにする。隙間を作る微細な味たちが、孤独を知った微笑みで通り過ぎてゆく。



窓の外は大雨。でもここは、内側からあたたかい。
いつか、あなたのこともわたしのことも、知らないだれかにおしえてあげたい。



この靄のような、うっすらとした蜘蛛の巣にも、雫がひとつ、くっついていること。










ふと、うたた寝してしまった。


まあるいお堂があって、あなたは、秘仏として扉をしめられていた。



便、鏡、光、蕾、血、泉(べんきょうみつらいちいずみ)。


そう言っている、鳥の声が聞こえた。
それが六色の布になって、はためいている。



あなたは、ひらかれる日を待っていた。花や蔓が繁茂し、家畜たちは解放されて、この世界を覆うとき。
そうなったら、どんなによいだろう。


しかし、扉は静かに、とざされていた。




低気圧が、むかしよく歌ったうたを、わたしの耳にはこぶ。
へびのおなかと地面がふれているうた。さいごにひかりが降り注ぎ、扉がひらくうた。


わたしは、霧雨のなかを身一つで通ってゆく。




ゆめはゆめのかずあって
こえはほしのかずあって
きこえるな かぜのこえも
さわれるね さみしさも
そらをこえてどこへ
かがみのゆくえを
いえぬおもい そっとうつし
きみにとどくかな






視界の悪い霧のなか、旋律が、わたしにお面を手渡した。
それは優しく収縮し、孤独で、おおらかだった。顔を近づけると、とてもよいかおりがした。



わたしはそれをつけた。











屋根の下で、目覚める。
眩しい夕暮れの光が、部屋に差し込む。




わたしは、あなたのことをよくみる。
あなたがわたしをみるように。わたしがあなたをみるように。







梅雨が、あけてゆく。


しばらく外に干せなかった白いシーツは、夢の残り香をほんのすこしだけ漂わせ、滲みをつくっている。


あのうたを吸って。



洗濯してもきっと消えない。うたの続きは、現実にあるから。




さりしゆめの
きえゆくおもいは
やみよつくるけはいの
そのさきにいる
あなたつつむせかい
わたしつつむせかい
けしてゆく


こえ しぐさ しせん ほちょう けはいから いま
あなたのこと
きえゆくこと
わたしのこと
みているよ


いろうつる
かぜも はなも やみも
みずはすんで すんで
このこえのいろ
かぜがつれるにおい
あなたのみえぬことば


あなた ここをでて まちをゆく
おみせ ぽすと はたけ だれかのいえ


おめんのうら あなたのこえ きこえるように
あける きずつき
また ふれて
あけて




雲の隙間から、晴れ間が見えている。





あの言葉の世界の果ての場所に、


花を、献花しないと。


このお面の裏の花を。








高田満帆 | たかだまほ

東京都拠点。絵や立体、文章、4コマ漫画、パフォーマンスなどを制作するほか、介護の現場にも携わっている。Instagram:@mahohoyu