第四回

ことば
じょうずにおはなしするひとのことばがういている
だまりこみ
はなせず
こわしてしまうひとのことばは地に根をはっている
すなおにはなそうとすれば
そのすなおさをわらわれ る ばかりで
しだいに枯れていく
むつかしいことばをならべるのは
ほんとうは かくそうとしているから
じょうずにおはなししているだけ
それにぞっとするのは
わたしも そうだからで
悲しくなって
野の花を摘む
もう何年も着ている、春物の紺のコートは、少し、小さくなった気がする。
背中に集まった陽気がじわり、肌に伝わって、汗をかく。あたたかい日には、少し縮む。それかわたしが時々、膨張している。
ベンチには人がいっぱいだったから、うろうろとした挙句、植え込みの石のところに、二人で座った。膝の上に広げたデパ地下のお弁当を、落とさないように。
割り箸に煮物の味が染み込んでゆくのを、時々ゆっくり舐めてみる。保温の水筒にはコーヒー。彼女の水筒はいつもそうだった。豆菓子やチョコレートを手に載せて、分けあう。
空はピンクと青のちぎり絵のようになって、手に花びらが落ちてくる。祖母の手は、彼女の体に対して、少し大きい気がした。彼女は少し、小さくなったのかもしれない。
ボートに乗る人々。
池に身体を大きく傾けた木。
向かいのツツジの植え込み。
メジロってほんとうに目の周りが真っ白なのね。
椿の木に止まって蜜を吸っている。花びらが落ちはじめ、あたりに真っ赤な海を作っていた。
近くの街で、花を二輪買う。
祖母がとつぜん亡くなってしまってから、一年が経った。
ぽかんと空いてしまった穴。美しいものや思い出のものを埋めていっても、底はないのか、かえって不在が際立つ。それでも、祖母が好きだった冷凍の今川焼きを買ってきて食べる。もう夕方だったので、カフェインレスのコーヒーを添えて。
新しく出会う人が、この空いた穴に入ってくる。ゆっくりと、しかし、重みを持って、軽やかな風に乗って。
そのことを、祖母に話せたなら。
ロゼット状に葉を広げたタンポポ。
コンクリートの隙間から横向きに生えたホトケノザ。
いつもは夜勤だったから、暗くてよく見えなかった。彼女の家に向かう道。
家に入ると、彼女は着ていた服を褒めてくれた。今日は外があたたかくて、いつもより薄いコートにしてみたよ、と伝える。彼女を見ると、ものすごい分厚いダウンジャケットを着ていた。
やっぱり眠いから出かけないと、彼女が決めた。
昼食の時に窓を開けて、外を見ながらお弁当を食べよう、と話してくれる。
窓際に座ると、春のはじまりの風が入ってきた。いつもはさせてもらえない換気にもなる、とそんなことも思いながら、こうして風が通ることがまず、とても嬉しい。
ご近所に、彼女の大きな声が響いているだろうけれど、少しぐらい、響いたらいい。近くの家から子供の声もする。
空気を入れ替えて、ふっと息をつく。
あなたはわたしよりも、何年も生きてきたんだ、と思った。
入所施設で見た景色、感じたこと。時々漏らす、そんなの嫌だった、という言葉。
その言葉の中に、暮らしを閉じ込めて、風を通さなくさせることの、限りのない苦しさを聞き取る。
よく晴れているね。おでかけしようか。
鼻水が止まらないね。大丈夫?
返答はない。
透明で綺麗。電車内の人も、みんなが鼻を啜っている。
彼女の好きな食べ物、好きかもしれない街、目指して行ってみる。
まだ十時なのに、お腹がすいたと、サインしてくれる電車内。ここでお蕎麦を食べようよと、川の写真を見せる。川沿いの蕎麦屋。
鍋が吊るされた銀色の金物屋。
店主のいない雑貨屋。
おしゃべりな果物屋。
どこも、奥が住居になっている。そんな街。
光の入る喫茶店で、お茶をする。そこも奥がたぶん住まいで、彼女はそこに行ってみたいようだった。
あの、ごちゃごちゃした畳の、ふすまの奥には何があるんだろうね。
行くことは叶わない。
輪切りのレモンが浮いたアイスティー。だれのとも知れぬ絵。小さく生けられた切花。コーヒーとケーキをものすごい勢いで食べた彼女。わたしはその十倍ぐらいの時間をかけて食べる。待っていてくれる。密かに、わたしのケーキを狙っている。お店を出た後も、何度も戻ろうとする彼女に、また来ようね、少し遠かったけど、また来れるよ、と話して、この街を去る。
連続していく動きや細部が、わたしの前で、めくるめく展開されていく。
それを眺めていると、うっとり、わたしの形は歪められていく。
お面と、内面の間に、花が咲く。
その花の放つ空気を、場に漂わせてみる。
固く閉ざされた人々の境界がゆるまっていく。
境界は新芽のように、柔らかく、しなやかになり、いくつもの止まり木となる。
わたしはそれを頼りたいと思う。
そんな思いが、内面の奥から、湧き出る。
窓のように開くお面があったらいいな。
そうすれば、風は通り抜け、わたしの内面は外に触れて、広がっていく。
鍵はつけずにいても、重さがしっかりあれば、夜の風で、自然と窓は閉じ、夢を見られるだろう。
夢は咲かせた花に酔いながら、内面がお面の上を散歩するから生まれる。
河津桜はもう、葉桜。
満開の日、記念撮影をしていた高齢の二人組に、撮りましょうか、と声をかけようと思って、できなかった。隠れるようにして、花を見上げ、木肌を少し触って立ち去った。
一週間後に同じ道を通ると、アンズがたくさんの花びらを膨らませていた。少し遠くから、もうすぐ満開ね、と高齢の女性に声をかけられる。撮ってちょうだい、と屈託なく言われて、写真を撮った。
この先は、モクレンが今、満開ね。
そんな話をして、別れる。
時間は結晶になってゆく。
それを、大きな掃除機に吸い取られないように。
悲しくなって摘んだ野の花も
わたしのお面の裏の花も
萎れていくのに耐えきれず、押し花にしたような、そんな矛盾の中で。
春はもう、ここまで。
高田満帆 | たかだまほ
東京都拠点。絵や立体、文章、4コマ漫画、パフォーマンスなどを制作するほか、介護の現場にも携わっている。Instagram:@mahohoyu
