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個展搬入後の散らかったアトリエにいると、私は本当に何かを作っていたのだろうかと疑わしく思います。昨日まで壁に張り付いていた作品のかけらたちは全て回収され、残るのは壁に残された押しピンと、何も無い壁を照らすスポットライトの光。床には切れ切れになった端材や、選ばれなかった名前のない作品たちが転がっています。名付けられ、作品として出来上がったものは、みんな蒸発して消えてしまったような感覚です。あまりにもアトリエが雑然としているので、今は昔作った作品をまた壁にかけてみたりして、空間の均等を保とうと試みています。
何が儚いものなのか、未来に何が残り何が消え去るのか、想像するのは中々難しいことのように思います。今年の3月に、友人の家が取り壊されました。もう4年も前のことですが、その家で非公開の展覧会を開催したことがあります。展覧会の記録はアーカイブとして編集し、《Daily and Temporary》(*1)というタイトルのアーティストブックとして発表しました。
脆く弱い素材で出来た作品・仮設的な展示空間(Temporary)と、そこに在り続ける家・繰り返される日常生活(Daily)の対比として名付け、展覧会の一時性、自分の作り出すものの脆さ・儚さといった弱点を、作品としてどう昇華できるか考えた結果、本としてまとめるに至りました。けれど実際は、作品が朽ちるよりも先に、人の都合でその家は跡形もなく消え、生活していた人は遠くへ移り住み、私の手元には、弱いものだと思い込んでいた作品と、作った本だけが残りました。
この作品を制作した2年後、コロナ渦で非公開展示やWebエキシビションなどがあちこちで行われている状況を目の当たりにし、展覧会アーカイブの残し方についてより考えるようになりました。ある秩序が乱れたとき、ものの不変性は簡単に逆転してしまいます。
これは、2021年にロンドンのギャラリーMaximillian Williamで行われた、陶芸家のマグダレン・オドゥンド、アーティストのシモーネ・リー、彫刻家のタデウス・モズレーの3名による展覧会「EMBODYING ANEW」の開催に伴い刊行された作品集です。展覧会をアーカイブ化する目的で制作された本書は、元の展覧会の精神を捉えつつ、展覧会という一時性を超える性質を持つ印刷物に仕上がっています。
窓付きの茶封筒を開けると、シルクスクリーンで刷られた鮮やかなオレンジ色のA4シート、型押しが施された小ぶりな封筒が現れます。中には、3人のアーティストの作品写真とキャプションが裏面にプリントされたカードが4枚と、キュレーターのローレン・デランドによるエッセイを収録した小冊子が収められています。
デザインは、イギリスを拠点とするデザインユニットOK-RMによるものです。同封されているオレンジの紙と呼応するように、オレンジ味のある作品写真のみがカラーで印刷されています。
昨年、TOKYO ART BOOK FAIRの会場を周っていたとき、一番気になったのがこの印刷物でした。掲載されている作家の名前は知りませんでしたが、本で溢れかえる会場のなかで、一際ちいさなこの作品集が広げられている様子は、机上の小さな展覧会のように思えました。解説を読まずとも、この印刷物がどのような目的で作られたものなのかすぐに理解できました。
実際に手に取り、テーブル上で展開していくと、毎回異なる展覧会を構成しているような気持ちになります。カードのうち3枚は折り畳まれた状態で収納されているので、それぞれを広げて、オブジェのように並べることが出来ます。本は通常綴じられているため、編集者によって決められた順序があり、ページをめくる行為によって時系列が生まれますが、この出版物は受け手によって完成形が変化する「展覧会組み立てキット」のようです。
作品のミニチュアがマルティプルとして複製化した有名な例で、マルセル・デュシャンの《Box in a Valise》(*2)がありますが、BOX型のデュシャン作品に比べ、そのままポストに投函できてしまうこの気軽さ、小ささがが、時間と場所に囚われない、より沢山の可能性を秘めていると思います。
デュシャンは当時、戦争の始まりを予期し、自身の作品を何処へでも持ち運べるようにしたと言われています。作られた時代背景と照らし合わせてみても、災害や未知のウイルスなど、様々な不安に晒されている現代に、小さくてポータブルな作品が気になってしまうのは当然のことなのかもしれません。
(家の中で、並べてみました)
余談ですが、私は明け方に「飼っているハムスターをポケットに入れて逃げる夢」をよく見ます。動物はどんな大きさ・種類も好きですが、一緒に暮らすとなると、何かあったときにポケットに入れて逃げられるくらいのサイズじゃないと不安なんだと思います。
2022年6月
今日紹介した本:『EMBODYING ANEW by Magdalene Odundo, Simone Leigh, Thaddeus Mosley』InOtherWords 2021年 英文 22×10cm
今日の作品:《current》2022年 ボール紙、アクリル絵の具 サイズ可変
(*1 )《Dairy and Temporary》2018年:木下理子が2018年に非公開で行った展覧会をアーカイブ化したアーティストブック。展示に至るまでの構想を記録したスケッチブック、展示風景のフォトブック、さらに展覧会を構成した実物の作品すべてが、ひとつの箱に収納されている。画像 https://rikokinoshita.com/tagged/dairyandtemporary
(*2 )《Box in a Valise》1941年:フランス人アーティストのマルセル・デュシャンによって制作・出版された複製美術作品。自身の作品のミニチュアレプリカ69点をスーツケース(函)に収めたもの。
木下 理子 | きのした りこ
1994年東京都生まれ。2019年武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程美術専攻油絵コース修了。2022年7月9日まで児玉画廊(東京|天王洲)にて個展「Human Humor」を開催中。 画廊に居ない日は古書店でバイトしている。 Official Site:https://rikokinoshita.com / Instagram:@kico0703