『幽かなスリル』出版記念展 II
木下理子、高野ユリカ「Drawings of Moriyama House」

2025年6月7日(土)〜30日(月) 13:00-18:00
会場: dessin
住所: 東京都目黒区上目黒2-11-1
東急東横線/東京メトロ日比谷線「中目黒」駅より徒歩3分


この度、『幽かなスリル』刊行を記念する展覧会を東京・中目黒のdessinにて開催いたします。
 

 
人が同じ場所に長く留まって暮らすというのは、時間を、日々の垢として、物や建物に蓄積させているとも言えるのでしょうか。
(木下理子・揺れる星の上で)

 
 
建築家・西沢立衛の名建築の一つとして知られる東京の「森山邸」は、大小様々なホワイトキューブがひっそりと独立しながらも重なり合う集合住宅です。住まう人々の気配や暮らしを感じ合いつつも、隠れ家のように住まうこともできる家々。開口部の大きな窓からは燦々とした日が差し込み、庭に生える木々の葉、家々を通り抜ける猫、蒲田の空を通る鳥たちはその外壁にも室内にも影を落としています。
 
 
2005年に竣工したこの森山邸の主であり、その中に住まう森山さんの部屋を訪れた人が総じて驚くのは、書籍やDVD、レコードなどの膨大なコレクションもさることながら、どこか浮世離れしたように美しく循環し続ける、その部屋の暮らしぶりです。誰かにとっては取るに足らないかもしれない、くたびれた古道具やビーズの粒、きれいな色をしたプラスチック、映画のポスター、グラシンの巻かれた詩集。森山邸の中ではそれらが森山さんの手によって毎日のように配置替えされ、瑞々しく淀みのない時間を輝かせています。
20年もの時間を経ても尚、発光するような潤いある空間を保ち続けているのは、森山さんがその空間を楽しみながら日々営み、手入れを欠かさないでいること、そしてそのチャーミングな人柄が反映されているのかもしれません。
 
 

2024年2月、この森山邸の二つの棟で、美術作家の木下理子が展示を行い、写真家の高野ユリカがその記録を撮影しました。
 
 
展覧会は永続的でなく限られた時間であるため、それを留めるように撮影が行われることは常ですが、そもそも作家がこの展示で引き寄せたかったものも、森山邸を取り巻く気配や、その暮らしを営む森山さんが過ごしてきた時間なのかもしれません。この展覧会は、作家と森山さんとの交流から始まった展覧会でした。
身近にある素材を扱い、その場所に合わせて配置することで現象を捉え、世界を知覚する装置として作品を制作する木下は、この空間に起こる密やかな高揚や戦慄に応えるようにして、軽やかなアルミの作品によって線を引きました。室内壁だけでなく、階段の隙間や外壁、地下室の床、時には窓の近くや屋上に作品は設置され、その場所を抜ける光や風に揺らめいています。
 
 
建築や土地の写真を多く手がけてきた高野ユリカもまた、大文字の歴史からは溢れてしまう個人史や生活史の視点を掬い上げ、その場所に蓄積されてきた時間と行方を眼差しながら制作を行っています。それは必ずしも現実を写しとることに留まらず、ある仮構されたなかで人の交流の狭間に浮かび上がり紡がれる、忘れ去られてしまう日々とつながる美的仮象、物語の中の場所だとも言えるでしょう。
 
 
本展はこの展示を収めた書籍『幽かなスリル』の刊行を記念する展示の一つとして企画されました。
自然光の差す屋根裏のようなdessinの部屋に合わせて展開される木下の新作のインスタレーションと合わせて、森山邸での「幽かなスリル」で撮影された高野の写真が展示されます。
作家と空間との交わりから手繰り寄せられた(Drawing)、遊びある森山邸の記憶を束の間に共有することができれば幸いです。

 
 

木下理子『幽かなスリル』
2025年3月14日刊行(発行:oar press)
14.8×8.9cm/丸背手帳製本/日英バイリンガル/本文140頁
ブックデザイン:明津設計

森山さんのおうちは、可愛くて明るくて、健康的なのに、
どこか儚くてどうしようもなく切ない気持ちにさせられる。
2024年2月に森山邸で開催された展覧会「幽かなスリル」の記録集。

写真:高野ユリカ
文:田野倉康一、木下理子